J庭56「10月1日では遅すぎる」冒頭

まだ原稿おわってないどころか真っ白で間に合う気がしないのですが、何度も書き直して――冒頭だけでン万3千字くらい書いては捨ててる――、ようやくいい感じにかけた!ので、ここらでそれをちろっと早漏小出しじゃ!

 冒頭五千字、一挙公開!

 間に合うかわからんが、育ての親のようなヴラドにひたむきな思いをかかえたカミラを応援してくれ!ていうか原稿書いてる俺も応援してくれ!エール、エール!(意味不明)




 ――夢をみている。 

 轟音がした。空気が凝縮して一気に膨れ上がるような爆発音。岩を砕き、小さくなった破片がぱらぱらと落ちてくる音。微かに焦げた肉の臭いがする。遠くで近くで、何度も、何度も。この戦いが終わるまで。空が青い。

  隊列を組んだ歩兵の一部が、吹き飛ばされた。砲弾ではない。巨大な尾が飛んできた。真っ黒に焦げた鱗が陽光の下にきらりと光る。

 竜人《ドラゴニュート》の転身兵が転身してその本来の姿を見せた。肩に後頭部をくっつけるくらい上を向かないとその顔が拝めないくらいの巨大な体。それが現れると大地が揺れる。

  この島の人類は何世紀もの間、彼らと戦い続けている。転身できない人間たちにとって古《いにしえ》の姿に戻ることのできる彼らは脅威だった。何代にわたって敗北を重ねた結果、島中部の乾燥地帯を全て放棄し、海岸近くまで人類は退却せざるを得なくなった。それでも島中央にある聖地奪還を人類があきらめたわけではない。まだ戦いは終わらないのだ。 

 そろそろ出番だと優しい熱い掌がそれを撫でた。彼は自我を覚醒させぬまま、ゆっくりとまばたきをした。カッと全身が沸騰するような熱に包まれていたが、彼が閉じた瞼を開いたときには、小さな肉体は大人の身長をゆうに超える古の姿に戻っていた。  竜には竜を。  やれと、命じられて体が動く。足元でもぞもぞと動き回る鱗ある者たちを踏みつければ、ちくりと足裏に針がささるような痛みがしたような気もしたが、個体が液体をこぼしてぐしゃりとつぶれた。たまらず咆哮をあげれば空気が震えた。わけがわからないまま、光を反射する物体に身体をぶつけた。どっと衝撃が全身を襲う。  やれ、やらねば。ただそれだけで頭がいっぱいだった。

  一体、自分は何と戦っているのかさえ、自分が一体何者なのかさえ、彼はただ忘れていた。



  カミラは大きな翡翠色の瞳をあけた。一番に愛する者の顔が視界に飛び込んできたのには、驚きの歓喜で飛び跳ねそうになった。いや、実際に彼は少しだけ跳ね上がった。手足をじゃらりと紙紐飾りがゆれる。  若草の萌えるような色のくりんとした髪、水を含んだような白玉の膚、伸び悩んでいる身長。幼い見た目の少年を彩るように両手首に二本、足首にも左右それぞれ一本、首に一本、彼の体には白い繊維質な紙を編まれてできた紐飾りがついている。

  彼は尻をうった感触が寝具のやわらかいマットのそれではなく、平坦な床の感触だったことにぎょっとして、あわてて誤魔化すように早口で朝の挨拶を口にした。

 「ヴ、ヴラドさま、おはようございます! 無事のご帰還、心より嬉しく思います」 

 男はくすりと微かに微笑み、隠されていない左目を細めた。カミラは彼を見上げた。大きなひとだと思う。黒い髪の下の膚は日焼けしていた。右目を覆う眼帯の下はそうでもないかもしれないが。彼は遠征《そと》から帰ったばかりだ。 

「おはよう、カミラ。よく寝れたかい?」

 「はい、今日なんてヴラドさまがお帰りになられると思って嬉しくて」

 「ベッドから落ちてしまったと?」

  火がついたように、少年の白玉の頬に朱が燃え広がった。 「きょ、今日はその特別に、です、ひどい夢を見たので、暴れてしまいました」

 「夢?」

  男――“竜食らい”のヴラドがその分厚いグローブのような手を桃のような膚に伸ばした。まるで竜の肉を食べて育ったかのように強いと評される黒髪の男に、カミラは臆することなく、いや、それどころか主人に心を許し切った小さな猫のように添えられた手に自ら頬を近づけた。 

「ええ、なんかちょっとおぼろげでよくわからないんですが、ぼく、ヴラドさまと一緒に戦場にいて、どでかーい敵の転身兵をなぎ倒して……」

  と、ここでカミラはことばにつまった。戦場など出たことがない。それどころか、ぼくは病弱でヴラドさまが戦いに出ている間ずっと寝てしまうのだ。そんな人間《トカゲ》が何を、と思っただろう。カミラの沈黙にヴラドは彼を抱きあげた。驚いて「わっ」とカミラが声をあげる。

 「今回の遠征、早く帰ってこれたのはカミラのおかげだな。一緒に戦ってくれてありがとう」

  低く掠れた男の声。額から右目にかけて大きな傷跡、その上に覆いかぶさる黒い眼帯。ツンツンと硬めの短い黒髪。たったひとりで転身竜と戦って勝った逸話を持つ強者の精悍なまなざしは消え失せ、いまはただ幼い子どもへ向けた慈愛のようなあたたかな瞳でカミラを見つめている。 

「ゆ、夢のなかの話ですよっ」

  カミラは小さなじたじたと手足を動かしてみるも、ヴラドはびくともしない。そりゃそうだ。体格も人生経験も何もかもが違う。落ちるからあぶないとヴラドに言われて、カミラはそっと何もしらないミルクパンのように白いふっくらした手のひらをヴラドの肩に回した。――届かない。背中の裏側まで、本当なら抱きしめたいのに。カミラはぎゅっと指先に力を込めた。いつか、この太い首元に、広い背中に、そのもっとずっと奥、ヴラド自身を自分は知ることができるのだろうか。抱きしめることができるのだろうか。 

「あはは、爪がめり込む。カミラ」

 「あ、痛かったですか?」

 「いいや、離さなくていいよ。下の階にゾエが待っている。起きたばかりで悪いが体の調子など聞かせてやってくれないか」 

 呪術師の名前にカミラはぎょっとした。何故かわからないがなんとなくカミラは、あの長い髪にいつも花を挿したいでたちのことが苦手なのだ。指先に力が入った。ひとの子よりも長く尖って伸びた爪が服の上からヴラドにくいこんで、慌ててカミラは爪を引っ込めた。

 「カミラ、頼むよ」

  そう言いながら分厚い鉄の塊を振り回している間に硬く厚くなった手がカミラの頭を撫でた。若葉を透かした色のような薄い萌黄色の髪は癖がつよく、毛先からくるくると渦を巻いている。背中に届くまで伸びたそれをヴラドの指先がくるくると追い回しながら、ヴラドは片手でカミラを抱きかかえたまま、階段を降りた。あのヘンテコ術士が待っていると思うと気分が重くなるのだが、ぴったりとくっついている部分からヴラドの体温を感じて、カミラはあとのことはどうでもよくなった。

  だが、やっぱり、ゾエと顔をあわせると嫌な気分にしかならなかった。彼はいつものようにそばに少女たち――三雛子をたずさえて、ヴラドの屋敷を訪れていた。ヴラドがカミラを連れて姿を現すと、片手を上げて挨拶した男が長い前髪の隙間から覗かせている唇の端をにやりと持ち上げた。

 「変わりはないか」 

 しわがれた老婆のようなゾエの声。カミラを応接室のソファの上に下ろしながらヴラドは苦笑しながら答えた。 

「……だといいのだが」 

 ゾエの髪の長い青年のような見た目との差は、何度も顔をあわせたことがあったとしてもカミラはなかなか慣れない。――にしてもおかしいと思ったら、今日は花がない。いつもなら彼の耳上あたりに綺麗な花が咲いているはずなのだが。マリアに何かあったのだろうか。カミラはゾエのそばに控えていた三雛子のうちのひとりマリアに視線をうつした。ゾエの髪の生花は毎朝彼女が摘んでいるのだ。 

 白い簡素なつくりの揃いのワンピースを着た彼女たちは一見するとよく似た三姉妹のように見えるが、血のつながりはない。みなもともとは孤児で、術士が必要に応じて雇っている。それを三人もそろえているゾエは一体、何の仕事をしているのだろうか――と、思案しかけたところでカミラを激痛が襲った。 

「どうした?」 

 腹を押さえて丸くなったカミラをヴラドが心配そうにのぞきこむ。じんわりと皮膚の下から汗がにじみ出てきた。抑えていた手が何かしめったものに触れて、カミラは噛み締めた歯と歯の隙間から答えた。 「痛い、脇腹が」  手をどける。カミラの手首に巻き付いている編まれた紙紐飾りがかすかに揺れた。赤く染まった服に、カミラはぎょっとした。どうして、こんなところ、怪我した覚えがないはずなのに。ヴラドの手が伸びてくる。カミラのチュニックを捲し上げる。はだけた衣服の合間からカミラの白い腹が出た。そこに巻き付いていた白い包帯も出血で赤く染まっている。

 「新しいものを。傷口が開いたのか」

  ヴラドが叫んだ。少女たちがバタバタと動き回る。 

「治りが遅いな。……マリア、向こうで何か変わりはなかったか?」 

「いえ、私の目からは何も

」 「術もほどけかかっている。応急処置だけはしておこう。ヴラド、お前は下がれ」 

 術士に言われて、ヴラドが立ち上がる。カミラは慌てて彼の服の裾を掴んだ。ヴラドはそっと掌を彼の頭の上に落とした。 

「大丈夫、隣の部屋にひかえているから」

  そう頭を撫でられながら低く優しい声で言われ、カミラは喉元までのぼりつめていたことばを嚥下してしまった。ヴラドはカミラにとって「唯一」だ。こんなところで弱虫と思われたくなかった。ヴラドの養い子である彼の夢はいつか彼と共に戦場に出て竜人と戦うことが運命づけられた彼の役に立つことなのだ。軟弱者に戦はできないと言われてしまっては困る。 

 とはいえ、戦場とはどのような場所なのだろうか。夢の中で見た戦場はとてもリアルで生々しくて、思い出して気分が悪くなった。ぼんやりとして輪郭を失った夢の記憶。だけどやけに、足元で転身していない人型の竜人を踏み潰したときの足裏の感覚や――いや、よそう。まだ行ったことのない場所のことを考えるのは。 

 そう、カミラは戦場を知らない。それどころか、ヴラドが戦地に赴く朝に眠気に襲われて寝てしまう。それから一度も目が覚めることなく、目覚めるにはヴラドに起こしてもらわないと起きれないのだ。自分でも少し変わっている体質だなと思うこともあるのだが――なにせ留守番ができない、寝ている間のことはヴラド館の女中たちがしてくれているとは聞いている――、それで困ったことなく過ごせているので、特に気もとめていなかった。ただこの帝国でヴラドとともにいられる時間があれば彼はじゅうぶんだった。 

 ゾエはカミラの体のあちこちを確認したのち、少し手足の紙紐飾りの結び目を固くして、ヴラドを呼んだ。ゾエもヴラドと同じく帝国人種ではないのだが、同じ黒い人であっても、目つきは蛇のように鋭く何を考えているのかわからない。ヴラドが現れてほっと胸をなでおろした。その様子をみて嫌味っぽくゾエが言う。 

「お前もこの子がいたらいつまでたっても娶れんな、もう三十……いくつだっけ」  いつまでも子どものままでいるつもりはない。ゾエの言い方にむっとしたが、腹が痛いので止血のために持っていろと言われたガーゼで傷口を押さえていなくてはならなかったので、カミラはおとなしくしたが、彼は想像上でゾエをボコボコにした。 

「ああ、そうだな、二十三の日には三十三になるな」 

 カミラは声を上げて起き上がった。「本当に?」そのあと、痛みで身を縮こませた。無理をするなとヴラドが彼を横にさせる。

 「二十三日って今月の? ヴラドさまにもお誕生日があったんですね」

  何が面白いのかヴラドが笑った。 

「ずるいや、ぼく、カミラさまのこと、何も知らないのに」

  毎年春の決まった日になるとカミラはヴラドから贈物をもらう。靴、手袋、ペン。その日がどうやら自分の誕生日ということらしいのだが、カミラは今日までヴラドの誕生日を知らなかった。今月の満月の日から数えて五日目。そう遠くない。

 「ヴラドさま、たまにはぼく、外に行きたいです」

 「いいよ。それで機嫌を直してくれるなら。一緒に散歩でもしようか」

  ふくれっつらで不満をあらわしているカミラにヴラドは笑いかけた。 

「そうじゃなくて、ぼくひとりでたまには街を探検したいんです」  おや、とヴラドが小首をひねった。いつもなら、ヴラドと一緒にいたいとくっついてくるひっつき虫が。 

「うーん、いいけど……体調がよくなったらね」

  すこし苦しげにヴラドが答えた。

 「やった!」

  カミラは、ぱっと表情をやわらげた。外出許可をもらえたらやりたいことがあった。せっかくの誕生日だ。毎年もらってばかりの自分ではしょうがない。ヴラドに何か贈り物を、感謝と愛をこめて。そう思うとわくわくした。 

「マリア、一緒に行こうよ」

  カミラはうつむいていた雛子のひとりに声をかけた。すとんと垂直に垂れた白茶色の髪が揺れた。

 「……え?」 

「せっかくだから、ね」

  カミラはウインクひとつ彼女に送ったあと、起き上がろうとしてヴラドが慌てた。だが、苦なく起き上がると腹を押さえていた手を離した。大丈夫かと尋ねてきたヴラドにカミラは笑いかけた。

 「わくわくしたら、治っちゃった」  

 傷跡はふさがっていた。






 このあと、雛子(術士に付き添っている女の子)のマリアと一緒に街に出たカミラ。

 あちこちをふらふらしていると急に、変な臭いを感じてその方向へ。路地裏で見つけたのは、自分に瓜二つの青年――いや、青年ではなく竜人だった。

 竜人はカミラに「一緒に帰ろう」とささやく。帰る? どこに? カミラに異常を感じた竜人はカミラの紙紐飾りに手をかけた。それがひとつ外れた瞬間、ちいさなカミラの体が一気に大きな青年の肉体に!?

 竜人から逃れてヴラドのもとに戻ったカミラだったが、何故か、身体が熱く反応して――?


 屈強な兵士×暗示をかけられた少年のままならない恋慕の物語。


木偶舞屋

阿沙/荒屋敷による創作雑記帳。 ※同人創作活動にご理解ある方のみ閲覧してください。