300SS「春まで待てない」

今日も来ないかな、約束のベンチに座る。わたしが座っても埋まらない空間に薄桃色の欠片が落ちてきてわたしを通過して座面に降り積もっていく。手でなんども撫でたが何も変わらなくて、風が吹いて、お邪魔していた色彩が落ちた。ため息をつく。革靴の音がした。わたしは顔をあげた。あの子が来ていた。久しぶりだね、まずは挨拶をと決めていたのにやっぱり約束を破って会いにいけなかったわたしのことを怒っているんだ。どかっと腰かけてからくたびれたように前かがみに座って肩を震わせている。その細い首筋に上から薄桃が落ちていく。「……ばか」と彼女が泣いた。うんそうだね、ごめんね。わたしも腰かけてみた。でもいま隣にいるよ。



毎月300字小説企画#Monthly300 5/4「椅子」より 296文字

木偶舞屋

阿沙/荒屋敷による創作雑記帳。 ※同人創作活動にご理解ある方のみ閲覧してください。